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2007.01.18 (Thu)

エロス・・・

愛奈美の2007/01/14 19:12:21投稿文、タイトル「今すぐお会いしましょう。」の Posted by counsel at 2007年01月17日 19:35さまのコメントお返事です。 >>あなたの本音が聞きたいと思いますがいかがでしょうか。 >>エロスは幾年生きる者の、友人ではないでしょうか? エロスは愛を確かめ合う為のスパイスとしては良いでしょう。 しかし、度が過ぎるのはよくないと思います。 また、愛のない行為は空しいだけでしょう。 愛のない行為は、結局の処、人生の破壊に繋がっていくのではないでしょうか?しかし、人々は人生の温もりを求めるために、肌と肌の触れ合いを求めているのでしょう。ただ単に欲望を満たすだけのエロスは人生に於いて弊害が大きいでしょう。 愛奈美はパートナーは一人いれば充分です。もちろん愛の交換を行う相手も一人いれば充分です。また、不倫はあってはならないと思います。愛奈美の人生の経験からこの様に考えています。 愛奈美は20歳で結婚してから現在までこの考えは守っております。現在でも愛奈美のパートナーは常に一人の方です。出会い、別れの繰り返しではありますが、常に愛奈美のお相手は一人しかおりません。また、お相手の方もシングルの方々ばかりです。 そして、現在の愛奈美はエロスよりも心の触れ合いをとても大切にしています。私の心に触れて、私を愛してくださる方とはパートナーとして長年連れ添っていけることでしょう。エロスは愛奈美にとっては心の愛を交換するための僅かなスパイスにしか過ぎません。愛と恋の違いもよく考えてみて欲しいわ。 愛とは至福のもので、相手に見返りを求めない無償のものでしょう。ある意味の一方通行なものかもしれません。相手にとって本当に愛を捧げることは、時には自ら身を引くことも必要なときもあるでしょう。 相手のことを想い、 相手のために自分の命も捨てられる愛って、永い人生の中で、そう多くないのではないでしょうか。 お子さんをお持ちの方は良く理解していただけるのではないかしら?子供のためには自分の身を削っても、色々としてあげる。これは見返りを求めない無償の愛でしょう。男女間、パートナーとの間にもこの様な愛の形で互いに接し、暮らしていくことが出来れば、人生は充実したものとなることでしょう。 あなたが、エロスに囚われて、人生を踏み外さないように願っています。
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Comment

counselさま、コメントありがとうございます。
あまりネット上では書き込みされないと仰るcounselさまのコメントは嬉しいわ。お互いの考え方や生き様は違いますが、議論を進めていくことは歓迎よ。これからも互いに切磋琢磨していくことが出来ましたら幸いです。
学識のない愛奈美ですが、どうぞ宜しくお願いいたします。
哲学で学んだことは良いことですね。
私は潔癖性ではないわ。十代の時には知らなかったとはいえ、不倫も経験していますよ。苦く苦しい思い出ですが・・・。それからの愛奈美は上記に書いたとおりに自分を律することにはなりましたが、これも人それぞれでしょう。
私は離婚後数年経ってから、人妻に恋いこがれたこともありますよ。でも、十代の時の経験が、その恋を進めることを戒めたわ。ただそれだけのことですよ。
苦労・・・ (~ヘ~;)ウーン
愛奈美の廻りの人から見れば苦労と思うようなことも、愛奈美自身には多々あったのでしょうね。
苦労を挑戦と見做し反発して来た事は一度もないですね。愛奈美は苦労を知らない。物事は楽しんで行うときに苦労とは感じないわ。お仕事上でもね。自己の生活を如何に楽しんで過ごすかに依り、苦労と思うか、苦労と思わないかの違いが出てくるように思います。
まぁ、しかし・・・、性癖による苦労は皆無と申し上げておきますね。愛奈美はトラウマになるようなこともありましたが、私は上記にも書いたように愛のスパイスでしかないわ。
ただ、愛奈美個人の性同一性障碍ということであれば、それは時代の背景もありましたし、どうでしょうか?これとて、人それぞれでしょう。一概に言えるものは何もないと思います。千差万別、一人一人違うということと考えています。
>>自己の強さは、反面弱さの対比です。
私もそう思います。しかし、私自身は自分の事を強い人と思ったことは一度もありませんよ。逆に自分自身の弱さを痛いほど知っています。自分の弱さを知っているために、どのようにその弱さを克服していくのかということでしょうね。
確かに、愛奈美が団体代表という役職にあったときは、周りの人達が愛奈美の弱さを否定している面が多々あったことと思います。この為、愛奈美の弱さを対外的に表すことが今まで出来なかった、と、いうことです。
愛奈美も皆さんと変わらぬ一般的は人です。
ただ、愛奈美の感情は野放図にしておくと激しすぎます。この為、自己の感情のコントロールが必要となってきます。現在の社会の中で生きていくために必要なことと愛奈美は感じ、実行しているだけですわ。決して他の方々に押しつける津持ちはありません。しかし、愛奈美のブログを読まれた方が、自分に当てはめてみて、愛奈美と同じように実行されたいのならば、それを阻む何ものもないですよ。
愛奈美は他の方々に対して、一切の強制的なことは行う考えはありません。
愛奈美の自己(自分自身)に対してのみ行うことであり、愛奈美が自分に対して行うことに批判することは、愛奈美個人の否定に繋がるのではありませんか?。一人の人として互いに尊重しあっていくことが出来れば幸いです。
>>執拗に真理、啓示を言うのもまた心の奥底に何かを隠しているのかもしれません。
これはcounsel さんが私の本心を聞きたいと申されましたので追記させていただきました。真理や掲示について、愛奈美特に協調してお話しするつもりはありませんでしたが、あなたとのやり取りに於いて、言わざるを得ないと思い、書かせていただきました。
counsel さんも色々と辛い人生を送ってきたのですね。一人一人の人生、共に大切にしていきたいですね。そして、あなた自身が間違ったと思っていらっしゃらる事は、あなたの人生の中で、あなたの意志でいくらでも修正できると思います。気がついているのなら、後は実行されればよいことです。
>>我々はどこから来てどこへ行くのか?分りませんよね。
そうですね。愛奈美も確たる実証はないです。
そして、このことに関する個々の想いも、それぞれでしょう。
でも、愛奈美が漠然と感じていることはあります。
間違った言葉となると思いますので、言葉に直すことは避けたいと思います。
>>真理は一つなのか?そんな事はないですよね。
あなたが、そう思うならば、あなたの中では複数の真理があることでしょう。
しかし、愛奈美に於いては真理とは唯一一つの絶対的なものです。
本のご紹介ありがとうございます。
あなたの宗教的批判はこの様にして学んだことから来ているのかしら?
私は宗教家になるつもりはありませんし、私の考えを宗教として広めるつもりもありません。また、私の宗教観を変えるつもりもありません。どんな本を読んでも、愛奈美の考え方は変わらないでしょう。
阿部 愛奈美 |  2007.01.19(金) 08:28 | URL |  【コメント編集】

お返事が遅れました。<m(_ _)m>ごめんなさい。
counsel さんの略歴ありがとう。
>>まして女装者が恋愛の対象になるとは自分でも驚きです。
良いのではないでしょうか?
性別云々ではなく、人として人を愛することに何の躊躇がいるでしょうか?
社会の中には性同一性障碍やゲイ、レズビアンの方々もいらっしゃいます。また、現在の愛奈美の身体のような「シーメール」を愛される方もいらっしゃいますわ。人を愛するということはお相手が誰であれ、素晴らしいことだと愛奈美は思います。
>>これも後々良い思い出になると思います。
ちょっと脇道にそれてしまいましたが、自分の人生を振り返り悔いはありますが後悔はしていません。
そうですね、人生にとって無駄な事は何一つないわ。悔いることも、後悔することも必要がないように思います。全てがあなたの人生の中で、心の成長のために用意されたステージ。恋愛、出会いと別れ・・・皆さん様々なことを経験されて、心が成長していくと思います。それぞれの出会いを素晴らしい思い出として大切にしたいですね。
>>表面的には強さを装っていますが、内面は弱い男です。
愛奈美も含めて、その様な方は大勢いらっしゃるのではないでしょうか?自分の弱さを知ることによって、人は強くなれるのかもしれません。
古神道には「観想」といって自分自身の心と対話する方法があります。自分の心の中を知ることにより、自分自身の弱さや悪いところを知り、それらを知ることにより自ら修正していけるのではないでしょうか。
人生の中で起こる全ての事は自分自身の心の成長のために必要な事かもしれません。
阿部 愛奈美 |  2007.01.23(火) 03:39 | URL |  【コメント編集】

愛真美さま、丁寧なお答え傷み入ります。また書き込みをお許しください。
愛真美さまのご意見を読むにつれ、昔学生時代に哲学史で学んだ古代ギリシャ哲学を微かに思い出しました。確かストア派とエピクロス派と憶えています。快楽主義と禁欲主義だったですよね。紀元前から人々は迷っていたのですね。
愛真美さまのご意見を見るにつれ、私見ですがあなたは潔癖症に包まれた理想主義者ではないかと思うようになりました。
想像ですが、愛真美さまは自分の性癖のため、これまでいろいろのご苦労をされてきたのではないかと思います。あなたのように自己の強い人は苦労を挑戦と見做し反発して来たのではないかと拝察します。
自己の強さは、反面弱さの対比です。少し肩の力を抜けば世界は変わったものになるかもしれません。
執拗に真理、啓示を言うのもまた心の奥底に何かを隠しているのかもしれません。
自分の事をいえば、高校生のとき母を亡くし、叔母の家で育ったため(叔母とは言え、辛い事もありました)悲しいことは心の中に封印する習性がついてしまいました。愛真美さまご懸念の件もしっかり封印してしまいました。
しかし、この習性のため僕には深い洞察力や、論理の奥行きを極める力は不足したままです。
我々はどこから来てどこへ行くのか?分りませんよね。
真理は一つなのか?そんな事はないですよね。
そこで思考はストップしたままです。
まあしかし、このまま死んでしまうのが人間かなと思ったりしています。
エセ宗教については、松本清張の未完の傑作「神々の乱心」をお勧めします。戦前の新興宗教の擁立、満州での麻薬の管理、宗教的権威への擦り寄り、全てが面白く描かれています。文庫本では出ていませんから、図書館等で借りる事をお勧めします。
どうも有り難うございました。
counsel |  2007.01.18(木) 20:09 | URL |  【コメント編集】

愛真美さま、こんばんは。
毎晩書き込みをさせていただき議論をしていると、ここに来ないと一日が終わらないような気がしてしまいます。
そう言う訳で今夜も書き込みをお許しください。
愛真美さまが、ご自分のことを書いてくださいましたので、自分のことを少し書いてみたいと思います。
僕は福岡県の出身で、大学を出るまでそこで育ちました。
高校時代に、登校拒否症になり、母の死で立ち直りましたが、これは大きなトラウマとして残ったままです。
社会人になり、最初の赴任地が札幌でした。
ここで結婚をして子供を設け生活を営んできました。表面的には模範的な家庭人です。妻や子も疑念は全く持っておりません。
でも模範的な男も、内実では執拗に愛を求める男でもありました。
(ちょっとオーバーな表現になりました。)と言っても実際に不倫関係を持った人は4人だけです。
最初は社内不倫で、これは痛い目にあいました。女は怖いと思い知りました。
結局お金で解決しましたが、その後の女性に対する僕の立場を決めてしまいました。その後はもっぱらスナックやバーのママさんが愛情の対象となりました。また一生懸命気持ちを表現するようになりました。特に相手の嫌なところが目に付いたときこそ、一生懸命愛を囁きました。
4人目の相手は女装者だったのです。遊びが本気になる、まして女装者が恋愛の対象になるとは自分でも驚きです。
これも後々良い思い出になると思います。
ちょっと脇道にそれてしまいましたが、自分の人生を振り返り悔いはありますが後悔はしていません。
表面的には強さを装っていますが、内面は弱い男です。
愛真美さまのご意見に異論を述べるのは、自分の弱さを隠す方策かもしれません。
なにかおかしな方向になって行くようです。少し酔ってしまっています。
申し訳ありません。おやすみなさい。
counsel |  2007.01.19(金) 22:01 | URL |  【コメント編集】

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